必要・不要を見極める目を養う

まとめサイトの記事から考えてことを少々。

 

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 ミニマリストに傾倒した義弟嫁が自動車を手放したことにより、周囲の人々に迷惑をかけるという話。

大人一人に車一台がデフォな地域で工夫してやっていくといっていたが、実際は人を頼る気満々だったと。

知り合いを見つけてはタダ乗りを繰り返したため、周囲の人たちとは疎遠になったもよう。

 

 

手放せば、それでよいのか

 

私が思ったのは、「持たない暮らし」は人に迷惑をかけてまで、するものではないということ。

手放して少々不便くらいなら手放してもよいが、人に迷惑をかけるくらいなら手放さないほうがよい。

 自動車や冷蔵庫・洗濯機...必要性が高く、高価な物ほど手放すときには慎重になるべき。

単身者ならまだしも、子持ちなら尚更。

私も自動車と携帯電話を手放せたなら...と思ったこともある。

けれど、子供を幼稚園や学校に行かせている限りは連絡を受けて迎えに行ける体制は整えておかなければならないと強く感じる。

 

落とし穴

 

そして、断捨離に救いを求めている人こそ理解しておかなければならないのが「断捨離でお金が貯まった」「運気が上がった」などの効能のようなものは結果に過ぎないということ。

盲目的に捨てることは、家族や周囲の人々とトラブルになるといった副作用のような面も孕んでいる。

がむしゃらに手放しているときこそ、少し手を止めて家族や周囲の人のことも考えてみる必要があると思う。

これは自分自身への戒めでもある。

 

あせらなくてもいい

 

物がなかなか減らず、積み重なった物たちを前に焦燥感に駆られるが、どうしたらよいか分からず立ち尽くしたときもある。

そんな時、25個ルールを知り「少しずつでいいんだ、これらの物を全部いっきに片付けないといけないと思うからしんどいんだ」と気づいた。

必要・不要を見極める目は繰り返しの中で養われていくように感じられる。

最初はなかなか捗らないことに苛立ちを感じるが、慣れてくれば必要・不要を見極めるスピードが速くなる。

繰り返しの中で何が必要で、何が不要なのか分かってくるのだと思う。

今、積み重なった物たちを前に苛立ちを感じている人がいたら「少しずつでもいい、続けていけばいつかは物も減る、道は開ける」と背中を押したい。

悩んだときは保留にして、また取り組めばいい。

 

物を積極的に手放すようになって、1年経った。

スローペースなので満足いくようになるまで、まだ月日がかかるだろう。

でも、流入を減らしているからきっと大丈夫。

繰り返しのなかで、更に必要・不要を見極める目を養っていこう。

 

何度でも

何度でも

 

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